ホーム お問い合わせ
RAMPAGE
ホーム イベント情報 アーティストインタビュー イベントレポート 紙面紹介 スペシャル
一覧へ戻る
   
THE DEY
 
   
     
 
   

E:エラン、Y:イエヨ、D:デヴァイン

 

Q:バイオ以外に付け足すことは?

<E>ディヴァインと最初に会ったのは空港だったわ。それって書いてある?ディヴァイン:グループを結成してから、僕はポーラ・ディアンダの曲(「ウォーク・アウェイ」)をソングライトしたことで、ASCAPアウォードを受賞したよ。ニーヨとクリスティーナ・ミリアンと一緒にね。「2007年に一番多くのエアプレイがあったポップ・ソング」で。
<Y>ワイクレフのオープニング・アクトも務めた。
<D>ロスのハウス・オブ・ブルースでのコンサートの時にね。グラミー賞の開催される週末だった。それは素晴らしい出来事だよね。
<Y>ラテン・ビルボード・コンベンションでもパフォーマンスしたし。
<D>これが最近の大きな出来事かな。あとでバイオグラフィーに足しておかないとね。

 

Q:ディヴァインとイェヨはグループ結成前から共に活動していたようですが、その間に女性ヴォーカリストを探していたのでしょうか?

<D>そういうわけじゃなかった。これは今までエランにも言ったことなかったけど、当時のガールフレンドがラップもする女の子で…
<E>知ってたわよ(笑)
<D>…だから他の女性を入れてのグループ活動なんて考えたこともなかった。とはいえ僕もイェヨも、女性と仕事をしたことはあって、例えばイェヨは多くの女性シンガーのレコーディングを手がけてきたし、僕もその彼女と仕事をしていた。だからエランに会ったときには、女性と仕事をするにあたっての「すべきこと」「しちゃいけないこと」はわかっていた。境界線はどこにあるか、ここまでは言うべきじゃないとか、こんな感じのプレッシャーのかけ方はいけない、とかね。もちろん女性は意志も強いし、パワフルだし、独立心もある。でも女性は女性なりに必要なものがあるというか、男性から理解を示すことも必要だし…
<E>あとたまにハグしてくれることとかね(笑)。
<D>(笑)そうだね。僕もイェヨもラッパーだから、女性シンガーと組むなんて考えてなかったよ。イェヨ、どう?
<Y>思わなかった。
<E>そんなこと知らなかったわ。
<Y>Viequezには女性も参加してたけど、同じグループってわけじゃなかったからね。
<E>「女性シンガーと組むのが最終型」とは思ってなかったでしょうね。オーディションを開いて一人決めなきゃ、というよりは友人間のおしゃべりでアイデアが発展した、という方が正しいんじゃないかしら?「そういえばこないだ久しぶりに会った女の子がいてさ、君達二人と組んだら面白いんじゃないかな?」って感じ?それがたまたま私で。ディヴァインと私が初めて話をしたのも、彼と会った場所から(D:エランの家ね)3ブロックくらい先のラテン・チャイニーズ・レストランよね。良い人にめぐり合えた、と思ったのよ。

Q:今までのキャリアがどう役に立ってますか?

<Y>いろんなジャンルの音楽で、いろんなタイプのアーティストと仕事をして、それがグループとしての活動をするにあたってすごく助けになってるよ。他のメンバーの違った意見を尊重できるし、そうすることでグループとして向上できるから。その考え方を持ってグループ活動に臨んでいるから、お互いに敬意をもって、グループがうまくいくように行動していけるんだ。

Q:そういった違いは重要ですか?

<D>違いがあるってことは他の人と違う存在、ということだからね。それが自分の自分たる所以だよ。もし世界中の人間が全く違わなかったら、より良い人間になるための努力なんてしなくなるだろうから。人間は平等ではもちろんあるけど、でも更に上に、という向上心は必要だと思う。僕たちはソロでも活動をしていた。例えば僕はジェルバブエナと仕事もしてるし、イェヨだってソロで活動していたし、エランだってDLGとかフランキー・ネグロンと仕事をしていた。他のアーティストと仕事をした経験があるから、グループでの活動がうまくいくし、3人まとまればザ・デイにしかできないことが出来ると思っている。個人でもあるし、グループでもある。

Q:ではそんな三人の共通点は?どうして三人がまとまったのでしょう?

<E>人となりももちろんあるけど、私たちの育ってきた環境、アーバンであり、ラテンでもある、そんな環境に育ってきた人たちへの音楽を作りたい、という意思が挙げられるんじゃないかしら。肌の色も違うし、話す言葉も違うかもしれないけど、同じような環境で育ってきた人ってたくさんいるのよ。普段の言葉はスペイン語だったり、英語だったり、スペイン語がメインだけど、英語の音楽もわかりたいと思っていたりするの。そんな人たちにダイレクトに語りかける音楽を作りたいの。スパングリッシュあり、英語あり、スペイン語ありの。コロンビアの肌の黒い子供が、TVでディヴァインを見て「あれはボクみたい」って思ってくれるかもしれないわ。私たちにはバイリンガルで、ジャンルも融合する音楽を作るスキルがあるわ。世界中のいろんなものを取り入れることが出来るの。だから世界中に旅するのも好きだし、仕事を頑張るのも厭わないわ。違った環境に生きる人の生活を見て、それを更に音楽に取り入れていきたいわ。私たちのために、私たちで音楽を作っているようね、本当のところは。

Q:ザ・デイのキーワードってなんでしょう?

<E>いくつかあるわよね。
<D>自分たちのことは「デイリンガル」って呼びたいな。あとは「フュージョン・ハイブリッド」とか。今までの音楽的影響や僕たちのスタイルを足して、プロデューサーやレコード会社の手助けも受けて。
<E>食べ物でも言えるかも。アメリカの南部にはガンボって食べ物があって、それはスペイン語のカルチャーではスタンゴーチョって呼ぶの。一言で言えばスープなんだけど、なんでもかんでもいっぱい詰め込んだものなの。
あなたたちの音楽みたいですね。
<D>そうだね、全てがちょっとずつ入ってて。
<E>私たちの音楽はスープね(笑)。
<D>食べ物を粗末にしないからね(笑)。
<Y>新しいことを試すのも怖がらないよ。

Q:プエルトリカンで、プエルトリコで育つのと、本土、たとえばNYとかで育つのは違いますか?

<D>全然違うよ。(スペイン語)
<Y>訳すと、「NYで育っても、心はプエルトリコ」ってこと。でも三人とも同じ環境で育ってたら、今のザ・デイになってないから、良かったんだよ。三人とも違うから、ザ・デイがユニークな存在になれるんだ。僕はプエルトリコのスペイン語の環境で育ったから、考え方も古風だったりするんだ。でもNYみたいな物事がぽんぽんと速いペースで進んでいる街だと、もっと活動的だし、他の文化と接する機会も多い。だから僕がNYに行ってディヴァインやエランが生まれ育った場所に行くと、とっても刺激を受けるよ。選択肢が一杯あるよね。めまぐるしく物事が変化していくし、その場にいるだけでいろんな異なる文化や人々と接するから。そんな体験をグループから得られて嬉しいよ。

Q:あの写真が取られた橋は・・・

三人:ブルックリン・ブリッジ。

Q:どうしてそこに?

<D>NYの5区をレプレゼントしているし、歴史的な場所でもあるからね。
<Y>それに「架け橋になる」という意味も込めてるよ。ラテン系も、黒人も、白人も、アジア系も、世界中の人たちの。
<D>古いものと新しいものの。
<E>私たちの音楽のメタファーみたいなものね。それに125年とかそのくらい前からある古い橋だし
<D>そんな架け橋がなかったら、向こう側に人がいるとわからなかっただろうし、出会いも出来なかった。
<Y>橋があることで人と人がつながるんだ。

Q:フージーズに例えられることも多いと思いますが、想像できました?

<E>(首を横に振る)
<D>共通の知り合いが、フージーズやサイプレス・ヒルを育てた人たちに紹介してくれたことがあって、彼らはサイプレス・ヒルからラテン・ヒップホップがどんなものなのか、フージーズから男性2人と女性1人のグループにどう接するべきかをよく知っていた。
<E>対処法ね。
<D>そうだね。だから僕たちもうまくいっているよ。
<Y>そしてフージーズと比べられるなんて光栄だよ。
<D>彼らも応援してくれてるんだよ。エランはプラズと話す機会が今までに二回あって、うち一度は僕も同席してたんだけど、フージーズがどうやって大きくなっていったのかを話してくれた。
<E>他の人は知らない秘密をね(笑)。
<D>そしてどうして壊れてしまったかも。例えば、ローリン・ヒルの前には別の女性がいたんだって。(E:第4のメンバーね)彼女はローリンと同じくらい歌唱力があって、4ヶ国語で歌うことが出来たんだって。ローリンのいないフージーズがあったなんて信じられないよね。でもフージーズがあれだけビッグになるには簡単じゃなかったり、そのフージーズを続けていくのはさらに大変なことだった、って知れるだけでもすごくためになった。僕たちは長く音楽を続けて、他の多くの偉大なアーティストと比べられるような存在になりたいよ。U2とかね。

Q:ブラック・アイド・ピーズとも比べられますよね?

<Y>そうだね。もともとBEPは男性3人組だったし、僕らも僕とディヴァインでやっていたことがあった。そしてBEPにファーギーが加入してから別の次元の大スターになったし、ザ・デイも秘密兵器のエランが加入して、運命が変わったから、ある意味正しい比較と言えるかもしれない。

Q:彼らのメッセージに共感できますか?

<E>もちろんよ。曲名思い出せないけど、映画のサントラに収録されていたのが初めて聞いたBEPだったわ。その比較で面白いと思ったのは、前にマチェッタ・レコーズから出ているコンピレーション・アルバムに参加したことがあったの。その頃はまだヒップホップとレゲトンが融合するなんて考えもつかない頃で、「Triste Y Vacia」という曲を提供したんだけど…
<D>ヘクター・ラヴォーンの曲で、彼へのトリビュート・アルバムだった。彼はパイオニアであったことはもちろん、プエルトリカン・カルチャーに力を与えてくれた存在なんだ。だからそんな彼のトリビュートに参加できたのは非常に光栄な出来事だったよ。僕たちの音楽とレゲトンの架け橋になることが出来た。

Q:ポリティカルな曲はありますか?

<D>1曲政治的な意味が込められた「Corre」って言う曲があるね。「Corre」は「Run」って意味なんだけど、何か物事を動かす天上の力があって、自分達が物事を動かしているつもりでも、結局はその天上の力には勝てない、みたいなことを歌っているんだ。でもどの曲にも、自分たちの現状や、コミュニティーや政府を思い出させる要素はあると思うよ。でも今回は政治的な要素は特に打ち出していないよ。僕のそんな個人的なメッセージを伝えたくてアルバムを作ったのではなくて、世界の架け橋になりたいというのが音楽の目的だから。
<E>「この人に投票しなさい」って命令することなく、ストーリーを伝えるというか。いろんな状況を描くけど、自分の意思を決めるのは自分なのよ。提案はするかもしれないけど、命令じゃないわ。それよりアルバムの曲を通じて、意識を高めていると思うわ。

Q:アルバムにゲスト参加は?

<E>二人いるわ。一人はティンバランドで、かれは自分の口で面白いサウンドをつくるでしょ?モールス信号みたいな。最近は彼自身がビートになってるわね。その彼が私たちの目の前で新しいサウンドを実験してくれたのは、すごい出来事だったわ。スタジオでの彼の姿。もう一人はチノ・ドレッドライオンで、南米経由キューバ出身。だからいままでにいろんな経験をしてきてているから、声にものすごく迫力があって、そんな彼とスタジオに入って、レコーディングしたのは楽しかったわ。曲は「Ya Llego」よ。ティンバランドの曲は「Get The Feeling」ね。「Ya Llego」はブレイクビーツの楽しい曲で、そのビートはマライア・キャリーなんかもやってる、スクラムジョーンズが作ったの。ヴォーカル録りはイェヨのマイアミにあるスタジオで行ったわ。
<D>チノはもともとジェルバブエナのメンバーで、僕がジェルバブエナのプロジェクトに参加していた縁で今回につながったんだ。とてもディープなアフロ・キューバンなノリがあるよね。

Q:他のプロデューサーは?

<D>強力な布陣だよ。まずはスターゲート。ニーヨのほとんどのシングルを作って、ビヨンセの「イレプレイスブル」とか、ビッグ・ヒットを多く生み出している。あとはJRロテム。50セント、リアーナ、カミリオネアー、そして忘れちゃいけない、ショーン・キングストンを手がけた人だね。
<E>ザ・デイのエランって子が参加してるショーン・キングストンの「ゼアズ・ナッスイン」も彼よ(笑)。あとフェルナンド・ガラビ。パリス・ヒルトンの曲で知ってるかもしれないけど、すごく才能のある人なのよ。あとファブリシオ・ソルティ。この(ディヴァインの)時計を作った人でもあるわ。
<D>ファブリシオは16歳でジプシー・キングスの「バンボレオ」に参加したりしてるんだよ。イタリア人のギタリストで、僕の友人でもある。あとは僕たち自身もプロデューサーだね。半分くらいは僕たちだよ。
<E>あと、キング&ジョン、ショーン・キングもビートを作ってくれたわ。不思議に似ている名前が多いわね(笑)。アルバムが出たら是非クレジットを確認してみて。プロデューサーだけじゃなくて、私のお母さんもイェヨの書いた曲でバック・ヴォーカルを歌ったりしてるのよ。

Q:特に自分達をよく表している曲は?

<E>全ての曲がそうよ。ただ度合いが違うだけで。例えばティンバランドの「Get The Feeling」では、冒頭にディヴァインが “I love this one right here!” って言うところから始まるんだけど、これってすごくディヴァインらしいのよ。こうやってふざけて女の子に声をかけるのが大好きなのよ、彼は。そういった面白いタイプの曲でも私たちらしさは出ているし、プエルトリコ風なポリティカルな曲もあれば、プエルトリコの誇りを歌う曲もあるわ。
<D>その曲は「Bendecida Mi Nacion」って言って、マーク・アンソニーのバンドがプロデュースしてくれたんだ。それは僕らにとってはすごい出来事なんだよ。僕らの両親の世代でも楽しんでもらえる曲なんだ。ホーンやパーカッションが素晴らしい。僕たちを決定付けている曲とも言えるかもしれない。「世界中のどこにいても、あなたの国はあなたに恵みと支援を与える」というテーマで…
<E>誰にでもね
<D>日本の誰かが国外に行ったとしても、日本の文化はあなたを応援してくれる、ってことなんだ。それが僕らの場合プエルトリコで。
<E>自分がどこの人かわからなくなったら、ラテンに来ればいいわ(笑)。
<D>誰だって受け入れるよ(笑)。

Q:将来の予定は?

<D>帰ったらすぐに、初のマジソン・スクエア・ガーデンでのパフォーマンスがあるんだ。ウィシンヤンデル(?)という偉大なレゲトン・アーティストのオープニング・アクトをするんだよ。あとはプエルトリカン・デイ・パレードもあるし。400万人くらい参加するんだよ。Hot 97のコンサートにT−ペイン、アンジー・マルチネス、ファンクマスター・フレックスなんかと一緒に出演するよ。
<E>あとはグラミー賞取ったり、世界ツアーしたりしたいわ。ヒット曲を世界中でね。
<D>世界中の架け橋になりたいよ。今はとりあえずアメリカと日本の架け橋になるよ(笑)。

Q::コンセプトは何?

<D>いろんなものを融合したアルバムだね。ヒップホップ、ポップ、R&B、ラテン、ラテン・ソウル。世界中の新世代バイリンガル・ラティーノたちのスタンダードになりつつ、スペイン語を話せない人たちやスペイン語を話す人たちとの架け橋になって、共存できる世界を目指しているんだ。それがコンセプトだね。

Release Infomation

Debut Album
THE DEY

The DEY Has Come
2008/8/27

¥2,100(tax in)
EICP-1020
  収録楽曲
    • 1.Ya Llego featuring FatMan Scoop & El Chino Dreadlion
    • 2.Give You The World (New Album Version)
    • 3.I Need You (Album Version)
    • 4.And I Miss You
    • 5.She Said
    • 6.The Take Over
    • 7.Get The Feeling
    • 8. Dame Un Momento
    • 9.No Looking Back
    • 10.Corre
    • 11.Taken
    • 12.On My Way
    • 13.Bendecida Mi Naci?n (Album Version)

 
THE DEY プロフィール

☆ザ・デイの「D」=ディヴァイン(Divine):グラミー賞ノミネート
ニューヨークはサウス・ブロンクス出身のいわゆる「ニューヨリカン」MCである「ザ・デイのD」ことディヴァインは、アンダーグラウンドでは知られた存在であったが、アフロ・キューバン・ヒップホップ・バンド=ジェルバ・ブエナのグラミー賞にもノミネートされたヒット・ソング「グワヒーラ(I Love U 2 Much)」の楽曲を手がけたことから、一気にその名をラテン・ミュージック界で知られることとなった。そのディヴァインが1998年に家庭の事情によりプエルトリコに移り住んだことをきっかけに、「ザ・デイのY」イェヨとの出会うのだった。

☆ザ・デイの「Y」=イェヨ(Yeyo):プエルトリコ注目の存在
キューバ系の父とプエルトリカンの母の元、プエルトリコに生まれたイェヨは、音楽に囲まれた家庭に育ち、9歳から既に詩を書き始めていた。中学に入学する頃からはクール・G・ラップやNWAと言ったヒップホップに傾倒し、「もともとの詩作りに、ヒップホップが加わって、ラップにつながったんだ」と本人は語る。そして1999年にはイェヨ自身もメンバーであるグループ、The Shanghai Assasinz がプエルトリコ、ヴィケス島で起きた事件*に触発された曲 ”Viequez” を作り、大きく話題に。イェヨは「プエルトリコ、アンダーグラウンド・シーン注目の存在」になっていくことになった。

* 地元ヴィケス島出身の米軍従業員が、ヴィケス米軍基地の行う爆撃訓練で死傷し、地元住民の米軍基地への反感感情が高まり、米軍基地の撤退を求めることとなった出来事。

☆ザ・デイの3人、運命の出会い
その後共通の友人を通じて対面を果たしたディヴァインとイェヨは、出会ったその日に意気投合し、”El Que Se Pica” をレコーディング。この曲はすぐに地元のラジオ局でオンエアーされ、ヒット曲となった。その後2005年春には「ザ・デイのE」ことエランがグループに加入し、ザ・デイが誕生することになった。3人の出会いはダディー・ヤンキーのマネージャーであるアンソニー・ラミレスによるものではあるが、実はディヴァインとエランは、それより以前、ディヴァインがジェルバ・ブエナのとツアーを回っていたときに出会っており、その時から「いつかぜひ共演しよう」と言っていたため、ディヴァイン、エラン、イェヨの出会いとグループ結成は、「運命であり、必然でもあったと思える」と本人達は語っている。

☆ザ・デイの「E」=エラン(Elan):ブロードウェイ育ちの本格派
エランはディヴァイン同様、ニューヨーク生まれで、プエルトリカンとアフリカン・アメリカンの両親の家庭に育ち、ティーンエイジャーになると映画「フェーム」でも有名な、音楽・芸能専門のエリート校であるラ・ガーディア高校に進学し(卒業生には俳優陣でアル・パチーノ、エイドリアン・ブロディ、ジェニファー・アニストン;ミュージシャンではライザ・ミネリ、ジャニス・イアンなど錚々たる顔ぶれが並んでいる)、声楽を専攻していた。在学中の16歳で早くも「The Capeman」でマーク・アンソニーらとともにブロードウェイに出演、その後もDLGのバック・コーラスに参加したり、在日、在韓米軍基地をツアーで回るなど、ザ・デイ加入前に既にエンタテインメント界で活躍する存在になっていた。

☆デビュー前から話題の存在
ザ・デイ結成後すぐに3人はイェヨのスタジオに4日間こもり、レコーディングを開始。そこで作られたデモ音源が米エピック・レコードの元に届き、即メジャー契約となった。その後自身のアルバム制作のかたわら、ティーン・スター=ポーラ・ディアンダの全米トップ20ヒット曲「ウォーク・アウェイ」(2006)にフィーチャーされ、話題の存在に。

☆強力プロデューサー陣バックアップのデビュー・アルバム
待望のデビュー・アルバムにはアース・ウィンド・アンド・ファイアの名曲「宇宙のファンタジー」を大胆にサンプリングした先行シングルの「ギヴ・ユー・ザ・ワールド」や、ハンド・クラップがおなじみの北欧大ヒットプロデューサー・チーム、スターゲート(ビヨンセ、リアーナ、ニーヨなど)や、ティンバランド(ジャスティン・ティンバーレイク、マドンナなど)、JRロテム(ブリトニー・スピアーズ、ジェニファー・ロペス、ショーン・キングストンなど)をはじめとした、トップクラスの才能が集結した作品となる予定。



    ★ その他、詳しいアーティスト情報やLIVE情報はホームページにて
    Sony Music Japan http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/thedey/
copyright © RAMPAGE All Rights Reservd
ページトップ